CODEX HACCPとは?その重要性と今後の行方について
前回、前々回と2020年10月、16年ぶりに改訂されたCODEX の改訂、及びそこでGHP requires Greater Attention(より注意が必要な一般衛生管理)としてCCPと同様の厳しい管理を行うように、という指針が出される中、この部分を掘り下げ、食品安全を担保しやすい、厨房設計、設置工事、設備、機器、備品について、国内外の実例とともに、お話しして参りました。
今回は、「そもそもCODEX HACCPというのは何なのか?」「世界各国の動きはどうなのか?」「なぜ今日本で、CODEX HACCPの法制化なのか?」そして、それを踏まえ、「今、我々はどこに向かい、何をすべきなのか?」といった考察をしていこうと思います。
CODEX HACCPについて
CODEXというのはラテン語起源の単語で、聖典という意味、その意味の通りいわゆる食品衛生の「聖典」のようなものです。さかのぼること1963年に、国際連合食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が、食品の国際基準(CODEX基準)を作る政府間組織として、コーデックス委員会を設立しました。
CODEX委員会の役割は、食品衛生のガイドラインや添加物の基準値を決定することなどが挙げられます。活動の目的は、食の安全を守ることと、食品取引の公正性を確保することです。CODEX委員会が前述の組織の成り立ちから、食の安全性を確保したいという目的は理解して頂けると思いますが、貿易にまで干渉する理由についてはご存じない方が多いのではないでしょうか?世界の貿易差別をなくし、効率の良い貿易を実現させることにより、結果として全世界の人に食料が行き渡らせる、そういう思いが込められています。
そのCODEX委員会が1997年、食品衛生基本テキストとして、「食品衛生の一般原則(CAC/RCP1-1969)及びHACCP付属文書」を発表しています。
HACCPは米国NASA生まれの食品衛生管理手法ですが、世界各国で様々なHACCPが制定・運用されてきました。この状況は世界調和の面でも好ましくなく、世界各国共通のHACCPの制定を求める声が増え、その結果としてCODEX委員会によって策定されたのがCODEX HACCPなのです。このCODEX HACCPは食品衛生の一般原則に関する国際業界標準の付録として出されたもので、世界共通化のニーズに応えたものです。
HACCPは従来の品質管理手法とは異なり、工程内で危害を消し込むことで安全な商品を提供する食品安全システムです。危害を確実に消し込む為には、食品製造における危害を特定して効果的な管理処置を施す必要があります。そしてその手法には科学的根拠が要求されます。従来の品質管理では最終製品の検査により安全の担保をとることができます。しかし、HACCPのメリットは最終製品の検査が必要ないところにもあるのです。
HACCPの食品安全システムは一次消費者から食卓までのフードチェーン全体に適用します。HACCPは品質管理担当者だけで取り組む印象を受けますが、その成功の秘訣は経営者と従業員の全員の協力なのです。
国際的に統一された規格であるCODEX HACCPは、HACCPシステムとその適用に対する指針(HACCPガイドライン)が採択されたことにより誕生したのは前述のとおりです。このHACCPガイドラインは食品衛生の一般原則の付属文書として発表されたものです。HACCPは食品衛生の一般原則の付属書であり、HACCP構築の前提となる食品の生産から製造・流通・消費までの範囲においての一般衛生管理プログラムが土台となっていること、そこが重要なポイントです。
食品衛生の一般原則の構成は以下の通りになります。
1.目的
2.範囲、使用及び定義
3.第一次生産
4.施設の設計及び設備
5.取り扱いの管理
6.施設の保守点検及び衛生
7.人の衛生管理
8.搬送
9.製品の情報及び消費者の意識
10.教育訓練
以下、そのいくつかを解説します。
3.第一次生産
「第一次生産」の項は、主に農作物や畜産物を提供してくれる業者に対する要求事項です。有害物質の発生している環境で生産が行われていないか、空気・農薬・肥料・飼料・動物医薬品等の汚染はなく正しく管理された一次生産物なのかについて確認します。また、一次生産者での生産設備や人員の衛生についても然るべき管理を行うことが求められています。
4.施設の設計及び設備
「施設の設計及び設備」の項では、食品製造工場の立地や設計についての注意事項が記載されています。注意事項では、例えば排水環境が十分でない場所や虫やそ族が群生している場所は食品衛生のトラブルに繋がるため、工場を建設する立地として不向きなことが挙げられています。そのほか工場内の設備についても言及されており、高い食品衛生レベルを実現する為の項目が記載されています。その具体的な記載の内容としては、工場内の商品動線が交差汚染しない構造になっているか、排水溝の設置など清掃がしやすい構造になっているか、床や窓が洗浄剤や殺菌剤に対応した材質になっているか等があります。
6.施設の保守点検及び衛生
「設備の保守点検や衛生」については、使用する機器の特徴や衛生状態について言及されています。具体的には、HACCP管理が出来る設備が使用されているか、製造機器自体の洗浄・殺菌がしやすい構造であるか、などがポイントになってきます。これが徹底されていないとCCP管理が出来なかったり、製造機器による2次汚染から食中毒発生へ繋がるので注意が必要です。その他にも、飲用可能な水を安定して供給できる体制が整っているかもポイントになります。井水であれば貯水タンクに入れる前に水質を法律に適合させておく必要があります。水質検査基準に合格した水でないと食品の製造には使用できないからです。また、工場内を陽圧に保つことも食品を衛生的に保つポイントになるので重要なポイントです。陰圧管理されていると工場の外からチリや埃、不快害虫などが入ってきてしまうからです。
7.人の衛生管理
次に「人の衛生管理」についてです。食品工場で働く従業員は2次汚染防止の観点から清潔である必要があり、工場入場時にチェック項目を設けて確認する必要があります。チェック事項の具体例として、健康状態に始まり、毎日入浴をしているか、検便の問題がないことが確認されているか、などがあります。食品に触れる指先の状態も重要です。爪が伸びていないか、手指に傷口がないか、傷口には黄色ブドウ球菌がいるため特に重要なのです。工場入場時の確認で入場できないと判断された場合、状況が改善されるまで出社停止となります。工場内のトイレ利用ルールも重要です。トイレで着衣が汚染される可能性があるので、2次汚染防止のためにトイレに入る際は上着を脱ぐなどの対策が必要になります。
8.搬送
次に食品の「搬送」です。食品を製造する際は仕掛品を取り置く容器が必要になります。この容器が汚染されてしまうと、全ての食品が汚染されることになるので清潔にしておく必要があります。具体的施策としては、毎回きちんと洗浄できる体制を整える必要がありますが、食材によって容器を使い分けることも効果的です。洗浄機のメンテナンスも確実に行うようにしましょう。洗浄機のメンテナンスが確り行われておらず、洗浄機自体が菌の温床になってしまうのもよく起こりがちです。そうなると容器を洗浄するどころか逆に、食品容器を汚染してしまうことになってしまうので、ぜひ気を付けたいところです。
9.製品の情報及び消費者の意識
次に「製品の情報及び消費者の意識」についてです。この項では製造した商品の取り扱いが分かるように情報を発信するということが規定されています。工場出荷した後にも、その商品の取り扱い方法やロットなどを、次のフードチェーンの段階へ明確にしておく必要があるということです。
10.教育訓練
次に「教育訓練」です。食品工場で働く人には食品衛生やHACCPに必要な教育を受けてもらう必要があります。特に最近だと、外国人留学生が食品工場で働く機会も多く、日本とは文化が異なるため衛生に関する考え方も異なります。従業員の教育訓練で、一般衛生管理やCCPの重要性、清潔具材の取扱注意点など適切な教育を行う必要があります。社内に専門家がいるのであれば教育の時間を設ける、外部講師による衛生教育を受講することも有効でしょう。
先にも述べましたが、HACCPの品質管理は、従来の出来上がった製品の抜き取り検査による品質確認とは異なります。それは、食品原材料は電気部品などロットが揃った原材料と異なり、天然物なのでどうしてもロット間のばらつきが出てしまい、統計的に信頼性を得ることは難しいという点、たとえ製品の検査結果を待って出荷する手法を取ったとしても、弁当や総菜など消費期限が短いものやすぐ提供するものは検査結果が出る前に破棄しなくてはならなくなるため、現実的ではないといった点に起因しています。
それに対し、HACCPは、原材料の危害要因を特定し、科学的な根拠を元に、適切な処置方法を設定することで工程上での安全性を担保する品質管理手法、食品製造においては非常に効率的なシステムです。ただ、守るべき前提条件を盤石にすることが必要条件です。
その他にもHACCP成功の重要なポイントとして、従業員だけでなく、経営者の積極的な参加があります。入り口から出口まで、工程上で管理する「システム」故、経営者がHACCPに積極的に関ることにより、製造した商品の衛生状態や発生したクレームの状況など、様々な情報を把握することができ、適切な設備投資や業務改革、品質・生産性UP、サービス向上など、重要な経営判断につながり、HACCPの導入を事業の発展に活かすことができます。
世界のHACCP導入の道のり
1.米国
言うまでもなく米国はHACCP発祥の地です。
1971年に最初のHACCP3原則(ハザードの同定と評価、CCPの決定、モニタリングシステムの確立)が発表され、1973年には「低酸性缶詰食品規制」(FDA(米国食品医薬品局))で、低酸性缶詰食品に義務化されました。
その後、いくつかの食中毒事件の教訓から、1985年全米科学アカデミー(NAS)が推奨、1988年にNACMCF(食品微生物基準全米諮問委員会)が設立され、1989年にはNACMCFがHACCP適用のガイドラインで7原則を確立、今に至るHACCPの原型ができ、このころから急速に普及しています。
その後、NACMCFガイドラインは2度改訂され、時を同じくして、1997年に国際連合コーデックス委員会の食品衛生基本テキストが発表され、食品衛生の一般原則(CDC/RCP 1-1969)及びHACCP付属文書、今に至るCODEX HACCPがここで確立します。
米国では、その後も、1997年FDAが魚介類に義務化、1998~2000年FSIS(米国農務省食品安全検査局)が食肉食鳥肉に対して段階的に義務化、2002年ジュース製品に広がり、2011年食品安全強化法(FSMA)の成立で、国内で消費される食品すべてについて、HACCP導入が義務化されています。
さらに米国では、2016年、予防コントロールを義務化、このコンテンツが、先に紹介いたしましたCODEX HACCPの2020年改訂につながって参ります。米国は、今に至るまで、世界に先駆けてのInnovationを行い、それが世界標準に取り入れられるという点で、非常に重要な役割を果たしています。
2.EU
EUでは1991年、水産物にHACCP規制が導入されたのを皮切りに、2006年、EC規制No.852/2004によって全食品に対してHACCP導入が義務化されております。
この間、1995年に、EUの専門家が来日、ホタテ加工場などを査察した結果、日本産水産物の全面輸入禁止にするという事件が起こっております。
3.その他の主要国
カナダは1992年より水産食品、食肉の順に、順次HACCP導入を義務化、オーストラリアも1992年より、輸出向け乳製品、水産食品、食肉及び市区肉製品について、順次、HACCPを義務付け、GCC諸国は2015年にHACCP導入が規定され、ブラジルも1997年から段階的に開始、2011年に水産食品についてHACCPを義務化、韓国は2016年HACCP導入の有無により輸入時検査を区分、台湾も2003年より、水産食品、食肉製品、乳製品など、順次HACCP導入を義務付けるなど、世界中でHACCP義務化の波が押し寄せております。
日本のHACCP導入法制化の意味と今後に向けての考察
上記主要国の動きに多少遅ればせながらも、日本も2020年6月、HACCP導入が施行、2021年6月に猶予期間終了で、完全施行となりました。
ここ2年のコロナ禍で一時的にトーンダウンしておりますが、世界のグローバル一体化はどんどん進み、ヒト・モノ・カネ・情報が自由に国境を越えて行き来する世界になってきております。日本についても、TPP、EPAと巨大な自由貿易協定が次々と発効して来ています。それに合わせ、政府も、食品産業に限らず、いろいろな分野での日本の競争力拡大の為、国際標準化を進めています。HACCP導入はその一環でもあります。
食品の輸出促進は、日本の成長戦略の重要な部分を占めています。政府は、2013年、JAPAN is BACKを掲げた日本再興戦略を発表し、2012年で4500億円であった農林水産物・食品の輸出額を2020年に1兆円、2030年に5兆円を目指しています。その為には、日本の食品の安全・安心を世界に発信し、国際安全基準に対応するHACCPシステムを普及させることが不可欠であるとしています。
世界を旅してわかることは、日本の食・食品の競争力の高さです。特にアジアでは、日本の食品は一般品の何倍の価格でも、富裕層に対し、飛ぶように売れています。失われた30年で、電機や半導体など日本の黄金期を支えた産業が国際競争力を失う中、また、GAFAMに代表されるディジタルソリューションで後塵を拝する中、食・食品は世界でどんどん存在感を高め、ブランド力はUPしています。しかし、HACCPを導入している主要国に輸出する為には、世界標準のHACCPを国内で普及しないと、門戸が閉ざされてしまいます。
日本にとって、もう一つ重要なことは、輸入食品の安全性を確保することです。
日本の食料自給率は40%程度、6割を輸入に頼っています。その為、輸入食品の安全性確保は非常に重要な課題です。WTOの衛生植物検疫処置の適用に関する協定では、第2条に内外無差別の規定(輸入品に対して、科学的な根拠なく自国の規制より厳しい規制を用いてはならない)とあり、第3条には国際的な基準、指針等との適合とあります。
豊富な観光資源を持つ日本の人気は特に世界の成長を引っ張るアジアで非常に高く、インバウンドは、将来の大きな成長産業であり、多様な人の流入は、日本の停滞の原因でもある多様性欠如によるイノベーションの枯渇から反転する大きな「機会」です。そして、ここでも、世界で人気の日本の食・食品は、重要な役割を持ちます。
日本は急激に少子高齢化が進み、現在の延長での「国内市場」はどんどん縮小していきます。「それは仕方がない」、「時代の変化とともに事業規模を縮小していく」 という方々には、確かにこのHACCP法制化は重荷であり、最低限の法令対応でいいでしょう。しかし、その縮小する「国内市場」を、海外輸出・進出やインバウンドで補い、積極的に事業を拡大したいという方々には、国が後押ししてくれるまたとないチャンスです。さらに、FSSCやGFSI承認認証規格やFSMAなどの海外法令対応といった第三者認証を活用することで、さらに武装強化することができます。
HACCP導入の第一義的なメリットは、「食品安全の確保」です。HACCPを生産活動に組み込んで運用することにより、より一層食品安全性を科学的・系統的に高めることができ、食品事故リスクの低減と従業員の衛生管理レベルの向上に役立ちます。
でもそれだけではありません。
第二のメリットは「事業強化」です。前述しましたが、製造工程を見直すことで、無駄な手順などが分かれば、業務改善によって品質・生産性UP、原因が明確になり、クレーム対応も低減することができます。
そしてその上に第三のメリットとして「成長戦略」です。先に、輸出など世界を舞台に事業を展開するには不可欠な「国際基準」、これを積極的に導入し、第三者認証で裏書することで、事業のドメインを広げることができます。それは、国内でのライバルに対する競争力強化にもつながります。価格以外で差をつける「武器」になります。
いよいよコロナ禍の終息も近いようです。世界は一足早く終息し、ヒト・モノ・カネ・情報の往来が活発化しています。いよいよポストコロナの新しい世界の始まりです。HACCP普及の果実が実るのもこれからだと思います。
HACCP導入の3つのメリットを十分に生かして、食品産業がより安心・安全な食品を世に供給し、強い事業者として、大きく成長していければと思います。
これからが楽しみです。
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